例の対談は以下の二点においてやっぱり有意義だったと思う

色々な人の意見を読んで、もやもやしてたものがだんだん形になってきました。頭良くないから補助線がないと上手に絵が描けないんだな。
僕は例の対談を読んで、とてもすっきりした気持ちになったんですね。その理由、僕が対談に高評価を与えた理由を書かせてください。

高評価を与えるべき点 その1 : SIerの元トップが、IT業界には二つの業態があることを明示したこと

ITProで「胸を衝かれた」とまで書かれたのが、元NEC社長にして現IPA理事の以下の発言。

「数として欲しいのは,金融システムなど企業の大型システムに従事する人間。こういった領域では,個人の能力よりは業務ノウハウが重要。プログラマとして優秀であっても,業務を理解しないと,よいシステムができない。技術だけを評価して処遇することは企業としては難しい。天才プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか,向いてない」(西垣氏)

これは、以前よりみんながみんな理解していて、でも適切なクラス化がされてこなかったため上手に議論されてこなかったことについて述べています。つまり、IT業界には以下の二つの業態があるということ。これを議論の前提として明確にしたという点でまず評価できます。

  • 業態A : ソフトウェアサイエンスやコードの実装における高い能力を競争力の源泉とする業態。
  • 業態B : ソフトウェアに関係する業務を行う業態のうち、業態Aにあてはまらないもの。

(狭義の)良いコード書けば幸せになれ、天才が求められているような類の業態が業態A。
一方、マネジメント能力だったり業務知識だったり、安い人件費だったりと(狭義の)技術力以外で商売しているのが業態B。
大抵の会社は業態Bで、Googleだのそこら辺の会社が業態A。
同じ業界の中にも業態AとBはあるでしょうし(e.g. 組込み+業態A = 組込みLinuxを開発してたりするような会社、組込み+業態B = ハード 屋さんに人月ナンボでプログラマを派遣してるような会社)、同じ会社の中にも業態AとBはあるでしょう(e.g. 基本的に業態BのSIerなんだけど、評価の高い研究開発部門(業態A)も持っている)。
(業態Aは「ITベンチャー」、業態Bは「大手SIer」なんて言葉で代替されたりしますけど、全く正確ではないですよね。大手SIerは間違いなく業態Bでしょうが、大手SIerでなくても業態Bの会社はたくさんある。業態AにはITベンチャー以外の会社もあるでしょうし、そもそもITベンチャーが業態Aであるとは限らない。業態AとかBでなく、誰かポップでキャッチーな分類名を付けてくれないかなあ)

業態AとBは全く個別に議論すべきであるにもかかわらず、ごっちゃになって議論される嫌いがあります。本来ならば議論の際にどちらの話をしているかを明確に区別すべきですが、それができていない以上受け手側で区別を付ける必要があります。

この対談で主に扱われているのは、業態Bです。
このことを明確にしようと思ったのは、↓
長文日記
shi3zさんのblogでIT業界はそんなひどいところじゃない、コードを書くのは楽しい、旨書かれていたのを読んだから。
業態Bでの「泥のような10年」は本当にタンポポを刺身に10年間載せ続けるようなことになっちゃいますし、そもそもコード書く仕事そのものがない、あるいは少ないんです。一方で、shi3zさんのところの会社はどう考えても業態Aです(Web2.0エキスポで拝見させていただきましたが、自分の作った物をあんな楽しげにプレゼンする社長の居る会社はどう考えても業態A)。なので、この対談はshi3zさんが普段生活してらっしゃる領域とは本来あんまり関係ないところを扱ってるんじゃないかなあ、と感じた次第。
でも"IT"って言葉でひとくくりにされて悪いイメージを植え付けられてしまうのが嫌だ、というなら、それはよくわかるような気がするなあ……。やっぱり業態Aを指すちゃんとした言葉が欲しいなあ。

高評価を与えるべき点 その2 : NEC元社長が、自社が業態Bであることを認めたこと

NECに必要なのは天才エンジニアじゃなくてマネージャだ」ということを認めました。これはとても勇気の要る発言ですし、非常に高く評価したいと思います。
西垣氏も元社長なのですから、優秀な人といっしょに仕事をする楽しさというのはよく知っているはず。だから、使いこなせないにしろ優秀な人材を手元に置いておきたいというのは人情だと思うのです。実際、僕が勤めている会社なんかは業態Bの仕事しかないのに業態A志向の人を毎年採用して、お互い(新入社員だけかな?)不幸になってますし。西垣氏の、ウチは業態Bだから業態Aで働きたいなら他社に行くべきだよ、という発言により、それなりに多くの学生が正しい進路を選ぶことが出来るようになったのではないでしょうか。

大体、IT業界に溢れる怨嗟の声は、業態A志向の人が業態Bに間違って所属していることから発していることが多いように感じています。IT業界によって不幸になる人を減らすには、そもそもそういう人を減らすというのが大切。他社も西垣氏に倣って、業態Bであることを明示すべきです。

今後の業態Bについて

学生さんについては、自分が働きたいのが業態Aなのか業態Bなのかをよく考え、その業態にあった会社を選んで就職することで、就職後の不幸は予防できるでしょう。問題なのは業態Bなのにも関わらず業態Aを名乗っている会社ですが、そこらへんは上手に見極めてくださいとしか言いようがないかなあ。ちなみに、開発の話を質問したら昔話が始まった、みたいなところは間違いなく業態Bの会社です(昔は業態Aだったんだろうけど)。

もう既に業態Bで働いている人で、業態A志向の人は、どうすべきなんでしょうかね。天才な人はどこにでも行けるとして、若い衆も年齢をアドバンテージに業態Aに転じることができるとして。特に天才というわけでもなく、特に若いというわけでもない人。

82万人。経産省の統計による平成18年の時点でのIT業界就業者数です。自動車産業が89万人コールセンターのオペレータが70〜100万人だそうですから、それらとおおむね同規模の人口がIT業界に就業しているようです。が、blogを見てるとIT業界に関する話題ばかりで、自動車やコールセンターの話などそんなに聞くものではありません。自動車やコールセンターはITより状態が良いから中からの声が出てこない?そんなこたないですよね。
最近感じているのですが、みんながみんな問題意識を持ち、声を上げているところが他業界に対するIT業界の利点であり、業態Bの利点だと思うのです。テレコール業界なんかあんなに人数居るのに全然中の声が聞こえてこないでしょ。「好きの反対は無関心」といいますが、業態Bの人たちは現状を嘆き悲しみ憎んではいるものの、コールセンターの人たちのように無関心にはまだ至っていません。業態Bが今後良くなっていくか否かはわからないですが、今見られているような現状に対する問題意識の高さは、業態Bが少しでも良くなっていくための必要条件の一つです。何がどう悪いのかを広く議論していかないと、良くしようがないよね。
業態B内からの声は、現時点で既に業態A志向の人が間違って業態Bに行くような事態を防いでいます(Twitterでも「SIerに行く人の気が知れない」みたいな学生のコメントが散見されますし)。これは、昔に比べ間違いなく良くなっている点です。僕が就職活動をしていた2001年頃にはそういう情報が少なかったんです。

対談の続編希望

実現するかもしれないらしい「アルファギークと学生の討論会」ですが、ギークギークみたいな集まりにするより、あんまりITに詳しくない学生を呼んできたりすると面白いんじゃないかなあ。既にプログラム書いている学生と「プログラミングは素晴らしい」とエールを送り合うような会になっちゃうと、たぶん面白くない。

一方で、「アルファギークとIT業界のトップの討論」は是非見てみたい。業態Aを極めた人と業態Bを極めた人。立場が全然違うので、面白い議論になると思うんですよね。
あまりに業態が違うため共通の語彙さえ見つからず、全く盛り上がらない会になる可能性もありますが……。