重鎮達ごとに発言を分けて考察してみた

今年の流行語は「泥のように働く」で決定ですね!
「IT技術者はやりがいがある仕事か」---学生とIT産業のトップが公開対談 | 日経 xTECH(クロステック)
「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論:IPAイベントにて - @IT
なんだかんだでみんな大好きな「重鎮vs学生」ですが、twitterで見かけた「えらい人が自分に不利なことをわざわざいうとは思えない」という発言には首肯せざるを得なかったため、えらい人がどういうこと言ってるのか人別にまとめてみました。

西垣浩司氏(元NEC代表取締役社長, 現IPA理事長)

  • IT業界について
    • (「達成感」「自分が成長したと感じられること」「成果物が世の中に役立つこと」といった)ニーズを満たすのがIT業界だ。私が保証する。もっともっとIT産業をアピールしていかなければならない。
    • IT企業といっても幅がありすぎて分かり辛いのは確かに業界側の責任がある。
  • やりがいについて
  • まず10年間は泥のように働いてもらう。その中で周囲を思いやる力をつける。次にマネジメントの勉強をして,最後の10年はマネジメントを大いにやってもらう。仕事をするときには時間軸を考えてほしい。プログラマからエンジニア、プロジェクトマネージャになっていく中で、仕事というのは少しずつ見えてくるものだ。
  • 英語について
    • 英語は勉強しておきましょう。海外に出て行くにも英語は必須。
    • (英語は必須というが、日本企業にも海外との接点を作ってくれないと意味がない。企業は海外の人を招致しているのか?という質問に対し、)私はNEC時代、自分が駄目だったら海外から社長を連れて来い、といっていた。ちょうど(日産自動車の)ゴーンが出てきたころだった。確かに、企業の役員会に自国の人間しかいないような状態はおかしい
  • 人材について
    • 未踏でスーパークリエータに認定された技術者が3人Googleに就職したが,それはいいことだと思っている。彼らには何年かして日本で起業して欲しい。そこまでのステップを踏まないと新しい流れは生まれない。
    • (IT技術者の生産性は人によって大きく違うにも関わらず、『コミュニケーション能力』ばかりが評価対象になっているため、技術を身につける意義を感じにくい、という声に対し、)情報処理技術者試験などの資格をとれば手当がつく。
    • 数として欲しいのは,金融システムなど企業の大型システムに従事する人間。こういった領域では,個人の能力よりは業務ノウハウが重要。プログラマとして優秀であっても,業務を理解しないと,よいシステムができない。技術だけを評価して処遇することは企業としては難しい。天才プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか向いてない。

英語のところに関しては何が言いたいのかよくわからないものの、それ以外は非常に一貫した発言であるように思います。要はこういうことだよね↓

日本のIT業界はほとんどが「インフラ整備業種」であり、天才は不要である。それよりは、業務ノウハウを蓄積した普通の人が数多く必要であり、そういう人達には一刻も早く上流工程に移ることのできるよう地道な研鑽を積んでもらいたい。短期的には報われないかもしれないが、将来的には見返りがあるだろう。

これを読むことによって、情報工学系の人がSIerを敬遠する傾向が強まるかも知れませんが、それ以外の人たちがより気軽にSIerを志せるようになるかもしれないですね。

有賀貞一氏(CSKホールディングス取締役)

  • IT業界について
    • 業界が悪いのだが,コンシューマ向けとして表に見えている部分しか知られていない。産業を支えている基盤についてちゃんとしたPRをしていない。
    • IT産業の仕事はSEとプログラマだと思われている。それよりも,どうビジネス化していくか,どうプロジェクトマネジメントで500人, 1000人をマネジメントしていくかが大事。そういう職種についてちゃんと説明してきていない。
  • やりがいについて
    • 若い時に一つの仕事をアサインされても全体なんてわからない。同じ仕事している3人に『何をしている?』と聞いたら「石を積んでいる」「門を作っている」「寺を作っている」という別々の答が返ってきたという話があるが,全体をとらえる努力をすることがやりがいにつながる。やりがいは自分で作っていくもの。(忙しいから教えてやれないという否定的なマネジャと,ビジョンを示すマネジャでは組織のパフォーマンスがまるで違ってくるはず、という問いに対し、)言いたかったのは,自分の回りでやっている自分の担当と関係のないことも勉強しろということ。そうすれば成長する。
  • 人材について
    • 優れた学生はどんな企業に行きたいのか? (慶應義塾大学大学院に所属し、2007年度の天才プログラマ/スーパークリエータとして認定された斉藤匡人氏は、「自由度が高い企業。自分の考えや意見がきちんと上の人に通る環境がいい。10年泥のように働いたら少しずつ上にいけるよ、ではなく、今、自分を生かしてくれるところが望ましい」と自信を覗かせた) こういうことをいえる学生は全体の1%くらいだろう。もっと増やさないといけない。
    • (IPAの調査によれば,IT企業が大学教育に期待するものは,1位が「システム・ソフトウエア設計」,2位が「文章力」,3位が「チームワーク」) 1位以外はコンピュータ・サイエンスに関係ない。これは日本の初等教育の失敗を示している。
    • 日本に情報系学科の在籍者は8万人しかいない。これは経営工学など社会科学系も含んでいるので,工学系は2万人。1学年あたり4000人しかいない。しかしそのうちこちらの期待するレベルの勉強をしているのは4分の1で,つまり1000人程度。情報サービス産業は非専門家によって成立している。コンピュータ・サイエンスの学科を増やさないと問題は解決しない。
    • 修士を経た専門家は年に1000人くらいだろう。彼らは本当に有名な企業に行ってしまう。これだけでは人が足りない。
    • 実力がついてきて,自分が外に高く売れると思ったら売ればよい。うちの社員には一生この会社にいなくてもいいと言っている。

いまいち一貫したテーマが見えないですね。コンピュータサイエンス的に優れた人材が欲しいような発言が見られるのですが、実力がついてきた社員は社内にいなくても良いとか、結局はマネジメントが重要だとか。
気になったのは「修士を経た専門家は年に1000人くらいだろう。彼らは本当に有名な企業に行ってしまう。これだけでは人が足りない」という発言。本当に有名な企業であるNECの元社長氏は「天才じゃなくて凡才が大量に必要」というスタンスですし、コンピュータサイエンスを学んだ人はどこに行っている/どこに行くべきなんでしょうね。

あと、「(IT企業が大学教育に期待するものは)1位以外はコンピュータ・サイエンスに関係ない。これは日本の初等教育の失敗を示している」ですが、NEC社長氏の仰るようにIT業界はコンピュータサイエンスに才のある人を求めていないので、2位以下にそういう項目が並んだのはごく当然ではないでしょうか。

まとめると、

(もう一人いたんですが発言が少ない&薄いので省略しました)

IT業界じゃなくてSI業界の話でしたね。まあ、SIと組込みを合わせるとIT業界従事者のほとんどをカバーできちゃうでしょうし、SIと組込みは似たような構造になっているので、IT業界全体の話だと思っていただいても大間違いはないでしょう。
みなさまご存じの通り、SI業界におけるほとんどのポジションには、コンピュータサイエンスの知識はあんまりいりません(あと実は組込みソフトウェア業界も)。ですので、化学や建築や機械等と違って、専門の教育を受けていなくても簡単に就職できて技術者を名乗ることができるという、ちょっと珍しい業界になっています。
しかし、これだけハードルが低くなっているにもかかわらず、ニーズがますます多くなっている、業界のイメージが悪い、実態も良くない、等の理由により、労働者不足が常に叫ばれています。
今回の座談会は、学生達を通してSI業界の「正しい」イメージを伝え、労働者不足をいくらかでも緩和したい、というのが目的だったのではないでしょうか。

そういう目で見ると、いくぶんのブレはあるものの「天才どころか、専門の教育を受けてない人でもいい。泥のように仕事を出来る人なら誰でも働けるところだから、どんどん入ってきて欲しい」というメッセージが学生達に伝わったと思います。

一方で、コンピュータサイエンスを学んだ人はどこでどうやって働いたら良いんだろうか、という議論がすっぽり残されてしまっています。天才は天才なので良いポジションを得られると思うんですが、専門知識を身につけてはいるけど天才ではない人はどう働けばいいのか? ロックスターになれなければIT土方しか仕事がない、という世界なら、情報工学を志す人はこれ以上に減っていくでしょう(工学部の中でも情報系以外なら低めのリスクでそこそこの仕事があり得る)。「未踏」とかやってるIPAですが、そのトップが「天才は不要」なんて言ってるくらいですから、なんも考えてなさそうです。

僕の希望なのですが「ウチはコンピュータサイエンスを学んだ人をこそ募集してます!」という会社があれば、そういう会社こそこういう場に出て学生と対談してもらいたいです。SIerの立場はわかりましたし、これからもその立場が変わらないだろうこともわかっています。でも、4年とか6年とか9年とかコンピュータサイエンスを勉強した結果就職する先がそんな業界だったら、勉強する気おこんないですよね。
コンピュータサイエンスを学んでいる人たちが、現実的に就職できそうな会社から(Googleとかが「うちは優秀な人材を募集してます」とか言っても、自分がその中に入れると思えない限り意味ないでしょう)夢のあるメッセージを受け取ることができ、その力を十分に発揮できるような進路を選ぶことが出来れば、世の中もうちょっと良くなると思うのです。

(あと、そういう会社があれば、学生向けだけじゃなくて30歳前後の人たちに対しても「ウチなら(狭義の)ソフトウェアの仕事が出来ますよ」みたいな感じで募集していただけると嬉しい……いやなんでもないです……C言語の文字列を==演算子で比較する人たちのレベルに合わせて仕事するのって悲しいですけど慣れました……)

専門知識を学んだ人たちが「誰にでもできる簡単なお仕事」系の業務をドロドロとやるようなことは、僕らの世代で打ち止めにして欲しいなあ、という願いを込めて。

(2008-05-31追記 : ↑同じ文書をコピペで2回貼り付けてしまってました。妙に長いと思った。変な文書読ませてしまって申し訳ありません)